2014-05-31

5月31日  Real warrior ダスティン・バーカ

40年以上生きていて本当にたくさんの素晴らしい人から大事な事を学び、インスピレーションを与えてきてもらった。私にとって人との繋がりは何にもかえがたい財産。


今でも日々いろんな人からインスピレーションをもらっているけれど、今日はダスティン・バーカについてちょっとだけ書きたいと思う。
彼がカウアイ島の市長選挙に立候補したからだ。
彼はカウアイ出身のサーファー、アンディー・アイアンズ、ブルース・アイアンズなどと同世代でカウアイのサーファーらしい、ヘビーで掘れる波を得意とする選手だった。ASPツアーをまわっていたころもあるトップ中のトップクラス。
でもまわってみたけれど自分が求めていたような満足感は得られず、その後はハワイ中心に活動しながらMMA(mix martial arts) ファイティングでもデビューした。

そんな彼が今戦っているのは大会でもなく、マーシャルアーツでもなく世界を十次郎と、そしてハワイをすでに自分たちの思うように動かそうと土地には農薬をばらまき政治家には大金をばらまいている大企業たちだ。
モンサントを筆頭にラウンドアップを何千エイカーもの土地にまき、それが雨に流されて川に流れ、付近の子供達の健康に障害がでてきたりしている。またGMO作物の試験場としてハワイの島々の土地を使いまだどんな悪影響が出るかはっきり研究もされていないものがどんどん作られている。
モンサントはあまりに大きなモンスターで巨大な額のお金がありとあらゆるところに支払われているため、心の中では反対したくても口に出せない人も多い。今のカウアイの市長もそんな感じかもしれない。ダスティンはそんななか数年前からいろんなところでカウアイのそんな状況を知ってもらおうと頑張ってきた、そしてここ1、2年サーファー達の間でもGMO反対のマーチが起こったり、メッセージを訴えたりするようになってきた。

2012年のサーファーズポールのパーティーでは素晴らしい功績のあったサーファーとしてダスティン・バーカのここ数年のハワイを守るため、GMO反対、モンサント排斥の運動が評価されAngent of change アワードが授与された。
このパーティーで方をもらいたいと前から思っていたけど残念ながらプロサーファーとしてもらえなかったけど、この賞はそれ以上に嬉しい、名誉あるものだ、と素晴らしいスピーチが印象に残っている。

3年前くらいだろうかパイプラインマスターズのライブカメラの前でビーチをNO GMOのバナーをもって一人で何度も横切り、多くの人の関心を引こうとしていた彼だが、今や、モンサントの反対運動のマーチには何千人もの人が集まる。去年カウアイではGMOにはラベルを付けないと行けないという法律が通過し、ハワイ島もそれに続いた。マウイもいろんな障害を乗り越えておそらく今年法律が出来るだろう。
ただ相手は何十億というお金で世界を動かしている会社で、世界中でモンサントなどの会社に反対したり彼らに都合の悪い事を暴露したりする人たちが不慮の事故で亡くなったり、急死したりする事故があいついているらしく、たてつく事を怖がる人も多い、私の回りでやってる人からも、モンサントの精神的な抑圧やプレッシャーをかけるプロであるやり方や嫌らしさ、とても普通には出来ないようなひどい仕打ちなどの話を聞く。反対運動の中心となって動いている彼がどれだけ大変な嫌がらせやプレッシャーを受けているかは想像できるが、彼のなかには本物のハワイアンウオリアースピリットが宿っている。子供達の、そしてハワイの文化の未来のためなら死さえ恐れず立ち向かっていくよ、という彼の目はそれが本気である事を訴えてくる。

一昨日から3日間かけて彼はカウアイ島を一週走ってまわった。走れないところはセーリングカヌーやパドリングで。プロサーファーでチョープーやパイプラインで培った判断力、MMAファイトで養った決して負けない、あきらめない精神力と体力で、カウアイ島を守っていこうとする彼は若く、政治的経験も少ないかもしれないが、皆を惹き付ける勢いとスピリットをもっている。

「サーファーの僕らほど母なる自然、海に近い人間はいないし,恩恵を受けているものもいない、だからこそ、自然にそのお礼を返していく責任を持っているんだ。僕らは平和的な戦士として手をつなぎ一つにならなくては大金を動かす大企業の前にやられてしまう。僕一人でパイプラインでマーチをした時から2年、今では何千人ものサーファーが一緒になってマーチをしてくれる、サーファーが世界を変える事も出来るんだよ」

道なき道、壁や障害が沢山ある中道を作っていく事に比べれば、誰かが示してくれる道を行くのは楽なこと。ダスティンが何が正しい事か示し、大変な思いをして道を造ってくれている。決してあきらめない、正しいと信じる道を歩み続ける人は強く美しい。彼に皆でついていき、支えになろうではないか。

ダスティンの活動を心から応援する。
Ua mau ke ea o ka aina i ka pono
(正しい行いのもと、土地は永遠に生き続ける)

5月30日 アロハフライデー

It's ALOHA FRIDAY  ♪
No work till Monday ♪♪

ハワイでは金曜日になるとこの歌が頭にうかんでくる。
アロハフライデー、何とも気分の良くなる響き。
(波に乗ると喜んでぱちぱち手を叩くマナちゃん)
 今日は波がない事もわかっていたけれど二日も海に入ってなかったのでどうしても観ずに入りたかった。サウザンピークスに言ってみると波がない上に風が強いのでコーブへ。波は割れていたけどサイズはかなり小さい。

一人で乗っていたら多分すぐ厭きていただろうけれど、かなちゃんと平ファミリーがきてくれたので盛り上がりのセッションになった。

なんと言ってもマナちゃんが全く怖がらずに波に乗るので可愛い。
『朝起きてまず『BEACH!』なんて言われると、やったー!って気分になるんだよねー』とはお母さんの言葉。サーファー夫婦のもとに生まれた運命、海が好きでなくては困ってしまうけど、マナはほんとに海が大好き。それも自分で泳いだり、自分で動き回るのが好き。ライフジャケット付けながらラインナップでぷーかぷか浮いて、皆に愛想を振りまくのだ。



今日はマナのライバルも登場。マナの方ががたいは大きいけどサーフスキルではこっちの方がまだ上手、ノーズライドも決めるしプルアウトでもしっかりバランスとっている。その上カメラ目線!そういえばマアラエアやホノルあのチューブにも乗っちゃうすごい犬がいたんだけどその犬の名前もマナだったなあ。(いつも犬と比べてごめん、マナ)

でもマナもお父さんが波に乗り遅れると『あれー?』とかクレームを出したり、何度も続けるとまた乗れないのか、と怒ったり、かなり波乗りフリークになってきた。
video
(一人前にパドルまでする。)
そして家族で同じ波に乗った時など自分から一人で立とうとしたり。


とにかく自分が波に乗るより彼らの写真撮ってる方が楽しいくらいだった。

ちょっと年上の男の子達(多分5、6歳)がサーフボードもって出てきたら、仲間意識を持ってるのか、ハーイと大きな声で挨拶してみたり。(それを心配そうに観てるお父さんのゆうじ君には笑えた、まだあと数年は大丈夫よ)

でもこんな風にメローな波のところで皆に見守られながら楽しみながら育つ環境があるってほんとに恵まれている事だと思う。
The family that surf together stays together( 一緒に波乗りを楽しむ家族は強い絆ができて離れない)


午後からはカイトをやろうと思っていたのだが昨日のストレッチで何となく腰に違和感があり、パドルしていたら久々にズキーン、ときたので大事をとってカイトは延期。
今はとにかくしっかり直そう、バハで思い切りカイトするためにも!

そして長い間ビッグアイランドで待機していたホクレア号とヒキアナリア号が今朝とうとう出航した。まずはタヒチに向けて、そして3年間で世界を回るという壮大なプラン。
写真だけでもあまりにマナがあふれていて感動するから、その場にいて彼らを見送った人たちはどんなに感動した事だろう。日本人もクルーメンバーには入っている。心から安全な素晴らしい航海を続け、世界中にアロハと勇気と希望を広めていってください。
ALOHA OE

2014-05-30

5月29日 トレードウインド

やっとトレードウインドが戻ってきたとはいえ、まだまだ弱い、オンショア気味のメローな風だ。

昨日やり残したミーティングで朝ミッキーのスタジオを訪れた。
キャップが大ブレイクしたおかげで急に今あるかなリーのスタジオのすぐ裏に巨大なアトリエを建造中のミッキー。ビジネスパートナーも出来たらしい。
90年代キムジーのデザイナーとして一世風靡した彼だけれどこんどはキャップからスタートしてまた大流行を生むのかな?
相変わらずのエキセントリックぶりを見せてくれたけど長年つき合っているとそんな彼がいとおしい、結局は彼もほんとに自分のやってるアートが好きで好きでたまらなく、夢中になってしまうだけなのだ。
最近乗り始めたとてつもない形の6フィートのサップボードが信じられないくらい調子がいいらしく、『とにかく試させたいから早く海で会いたいね』と言ってくれた。今までやった事がないようなリッピングが出来ちゃうらしい。
50代のはずだけど中身は相変わらず18歳くらいのミッキーだ。

その後パイアを散策、フィッシュマーケットでお昼をごちそうになり、解散。
お二人にはプロジェクトが素晴らしい展開を見せるよう心から健闘を祈りつつ、海チェック。
思ったより風がなく波もないのでレインズで乗るの早めにしてカナハへ、こちらもいまいち、大きなカイトをもっていなかったので結局乗れずに終了。

明日こそはカイト!少しずつではあるけれど、無理をしていなかった成果が出ている気がする。このまま地道にベイビーステップを踏みながら筋力を戻し、海にいる時間をふたしていけるように頑張ろう。

5月28日 Meeting inspiring people

朝9時にマウイコーヒーロースターズで待ち合わせ。日本から新しいビジネスをスタートするお二人がマウイ入り。そのお仕事のお手伝いをさせてもらった。
お仕事と入っても自分が普段からいいなと思っている友人達を紹介する事がメインなのでなかなか会えてなかった友人に会えたり、彼らのいろんな生活ぶりを紹介したり、仕事や作品を見たり、私自身もたくさん刺激をもらえた。
つよし君とかなこちゃんは新しいビジネスに向けて意欲的に動いていて彼らと話しているといろんなアイデアがわいてくる。いろんな人と会ってはなすってやっぱり大事な事だなと再確認。

久しぶりに会ったルーディとベラも新しい仕事をもち、とっても素敵な雰囲気の仲仕ごとをしていた。ミーティングには庭からとってきたココナッツウオーターが出されるところなんてフエロらしい。

たくさんの素晴らしい友人達は私にとって一番のありがたい宝物、彼らがいいビジネスと繫がってさらにお互いがいい形で成長できればそれほど嬉しい事はない。





5月27日 WInd is back!

4月くらいからはずっとトレードウインドが吹き続けるのが通常なのに、ここのところ全く風が吹いていなかった。ここまで風がないとちょっと心配になってしまうところだが、やっと今日から少しずつ吹いてきそうな雰囲気。

ここ数ヶ月、マウイでは大きなムーブメントが起きていた。
モンサント、遺伝子組み換えの種を作り、またラウンドアップと言う強烈な農薬を売っているモンスターのような大会社がカウアイ、そしてマウイ、モロカイの広大な土地を使ってテストをしているのをやめさせようと市民が動き出したのだ。
日本でもそうだけれどここでも大会社はお金にものを言わせて政治家を味方に付けたり、膨大なお金でキャンペーンを行って正しくない情報を多くのあまり良く知らない人たちに広めたりしてそれに対抗してきた。このモンスターに対抗しようとするのは並大抵の心臓では無理、私も中心的に動いている人たちがモンサントの社員やロビイストにされる嫌がらせや言葉の暴力などについて、聞いているだけでもうめいってしまうほど。
それこそほんとによくもこんな汚い事が出来るなあと思うような事ばかり。
一度はGMO(遺伝子組み換えをされた食品)にはラベルを付けてわかるようにするという法律を作ってもらおうと動いたが、買収された議員達に却下され失敗、しかしこんどはマウイの法律である程度の膨大な人数の市民が署名し、同じ意見だという事を証明できたら議員を通さずともそれを法律にする事が出来ると言う法律がある事がわかり一般市民が一生懸命署名を集めていた。署名と言ってもただサインするだけの簡単なものではなく、投票の登録をしてあるアメリカ国民であり、住所もすべて正確に書き、かなりの書類にサインしなくてはならない。面倒くさい作業なのだが、それでもたくさんの人がいろんなところに言って署名を集め、多くの人に何がおこっているか伝え、ムーブメントが大きくなっていった。
3年前震災がきっかけで知り合い、友人となり、妊娠をきっかけにマウイに引っ越してきたオータムは署名を集めるために毎日走り回っていた一人だった。一人で何千という人たちに話しかけてきたけれど、今日その集めた署名の最終書類を役所に提出した。
なんと全体で19232名の署名!2万近い署名が集まったのだ。実際に必要なのは8000名の署名だが、最初に出したものの半分が住所が間違っているとかちょっとした事で却下されてしまった。とはいえ半分以上が向こうとなっても大丈夫なだけの数はある。
これで本当にGMOの食物がマウイから排除される事になったらアメリカで初めての事になる、そしてここがきっかけで各地でそういう動きが起こるかもしれない。

本当に大変な仕事だったと思うけれど、小さな市民が大きなモンスターと戦い勝てるかもしれない、そんな希望をオータム達が見せてくれた。歴史をいい方に変えていく手伝いが出来た、お金にはならなくとも、心から自分に誇りを持てる大仕事だったと思う。本当に頑張ってくれた人たちに感謝。


そして次のカウアイ市長選にはこのモンサント反対運動の中心となって動いていたプロサーファーであり、ファイターでもあり、ハワイアンウオーリアー、アロハスピリットのウオーリアーの象徴になっているダスティン・バーカが立候補した。ASPツアーの選手も経験し、またファイティングでも州のチャンピオンで負け知らずと聞いている。
彼の事はこのビデオを見てほしい。
投票権はないけど心から応援している。そしてマウイでも市長選、市議選にこれからのマウイを憂慮し,変えていきたいと強く思っている若者たち、新しい息ぶきを吹き込みそうな人が何人も立候補する予定。政府や大会社相手にいくらがんばっても何も変わらないように見えて落ち込むがちなのは日本もマウイも一緒、でも何年かまえと比べてみたらやはり意識が変わって来ていたり、何か少しずつでも変わっていたりする。何も変わらなくても何もしないよりは自分だけでも何か出来る事をしていきたい。自分が正しいと信じる事をやる、それくらいの強さは持っていたいと思う。

2014-05-25

5月25日 本当の豊かさ



Beautiful Morning!

相変わらず風がない。この間大飯原発を再稼働する事に関しての裁判の結果、再稼働は危険という判決が出た。当たり前にしか思えない事だけれど実際に裁判長が危険であり再稼働は認めないと判決を下した事を私は嬉しく思う。特にその判決文の一部はとても美しい言葉であり、当たり前の事だけれど忘れてほしくない事が伝えられていた。

「被告は本件原発の稼動が電力供給の安定性、コストの低減につながると主張するが、当裁判所は、極めて多数の人の生存そのものに関わる権利と電気代の高い低いの問題等とを並べて論じるような議論に加わったり、その議論の当否を判断すること自体、法的には許されないことであると考えている。このコストの問題に関連して国富の流出や喪失の議論があるが、たとえ本件原発の運転停止によって多額の貿易赤字が出るとしても、これを国富の流出や喪失というべきではなく、豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失であると当裁判所は考えている。」


こんな部分もある
 「被告は、原子力発電所の稼動がCO2排出削減に資するもので環境面で優れている旨主張するが、原子力発電所でひとたび深刻事故が起こった場合の環境汚染はすさまじいものであって、福島原発事故は我が国始まって以来最大の公害、環境汚染であることに照らすと、環境問題を原子力発電所の運転継続の根拠とすることは甚だしい筋違いである。」

ほんとに甚だしい筋違いだと思うけれど、誰もがそう思うわけではないらしい。私には他の人の理屈た説明がよくわからないけれど、でも向こうは間違ってると決めつけてしまうとその間に亀裂が出来、どちらも耳を傾けなくなってしまう事が原発だけでなくいろんな事で問題になってしまうのを最近良く感じている。だから本当に正しいと思っているのならごり押しで何かを押し付けたりせず、ちゃんと説明して皆が理解できるように努力するのがセイフじゃないかなと思うのだが、最近のやり方は反対意見をいかに無視するか、なんとかごり押して思うような法律を成立させたり、流れを作ったりしてしまってる気がする。

そんななかでこの判決文はとってもリフレッシングで、そうだよね、それが当たり前だよね、って考えられるものだったので嬉しかったのだ・

ただし、関電は控訴、そのため法的には稼働できるらしい。ほんとにそこまでしてなぜかどうさせたいんだろう?電気が足りないわけではない事はもう十分証明されてるし、ほんとに何がどうなっているのか私にはわからない。

でも本当の豊かさが何かって言うのはわかってる気がする。本当の豊かさって言うのは土地に根付いた暮らしをし,しっかり労働をし、人と人がだましあう事なく助け合って、優しい気持ちをかわしあい、なんて素晴らしい自然なんだ、なんて素晴らしい人たちなんだと感謝の気持ちでいっぱいになれる生活だと思う。たくさんのものをもっていたりする人でも幸せとは限らないし、反対にとっても不幸せな人をたくさん目にする。きっと失うものが多すぎて不安になってしまうのかもしれない。もちろん食べるものも不自由なのも豊かな生活ではない。でも最近安心して食べられる食物もちゃんと探さないと見つかりにくかったりする。豊かな生活を求めて頑張ってきた結果が反対に不自由で荒んだ生活を生んでしまったりもしている気がする。今一度充ち足りる事を知り、人に与え、与えられる事の喜びを日常的に感じられる生活を目指していきたいと心から思う。

欲しいのは健康な体と信頼できるそして笑いあえる友人と家族、そして小さくても居心地のいい、植物焼きや動物が育っていくのを感じられる生活環境。それにちょっといい波と風があれば私にとってはとっても豊かな生活かな。

5月24日 レインボウセッション


朝6時に空港でケニー君達を見送りつつ車に忘れた鍵を受け取り(恥ずかしい)そのままあまりに朝日がきれいだったので海にいく事にした。残念ながら海の方は波無し。雨雲が近づいてきて海面までばたばたしてきた。
(久しぶりのトニーさんも虹の出現ににっこり)
 でもここまで来たのだし一日ひと濡れってことで海に入ると、向こうの方にうっすらと虹が見えてきた。一気に気分が上がってきて写真を撮ってるとその虹が全然消える事なく反対にさらにくっきりしてくる。
 出てくる時についたかなちゃん達がなかなか出て来ないので虹がなくなる前に早く出て来ないかなあとそわそわしていたらやっと出てきた。『早くー、とにかく波何でもいいから虹が消えちゃう前にどんどん波のってー』と勝手にモデルさせる。
 でもこんな波なのに皆ニコニコ。おじさん達までニコニコ、「レインボウだねー」と沖に出る時に声をかけてくれる。レインボウマジックのパワー恐るべし。
 おっとこんどはダブルレインボウ!
 これだったら波に乗ってるより写真撮ってる方がずっと楽しい。皆の記念になるように知らない人も出来るだけたくさん撮った。
先週末オアフのトライアスロンに出ていた日本のトップトライアスリート湯本優君も結構マウイ好き(だと思う)いい笑顔です。

オーガナイズするヨガリトリートをマウイレインボウリトリートと呼んでいるくらいなので、私が虹に喜ぶのは当然だけど、それにしても自然現象の美しさとかって毎日怒るような事でも何度見ても厭きないし、いつでも幸せな気持ちにしてくれる。あの虹のしたでサーフィンしていた人の中に誰かに文句いってる人やわざとスネークしていた人は一人もいなかったんじゃないかなあ。考えると不思議だけど、だからこそやっぱり海や山や自然は出来るだけ大切にそして身近にあるものであってほしいと思う。原発も防潮堤もいらないね。

5月23日 World Turtle Day


昨日遠くまでいって反対に風が強くてさんざんだったので今日はうちから一番近いところでパドルアウト。それにしても今日も全く風無し。冬の風のない時期でもここまで風がない事少ないんじゃないかな?
海面も完全にグラッシーでしたのリーフや魚達もよく見える。急に飛び出してきた大きな亀。あ、そう早強は国際亀の日なのだそうだ。なんだか、亀にちょっと、わかってるの?いわれた気分だった。(海で多くの時間を過ごした先輩方は亀になると信じられていて、ワイメアに波が割れると必ずラインナップに出てくる亀はエディーアイカウやホセエンジェルらビッグウエイブサーファーの生まれ変わりだと言われている)
私もいつも大きな波の時はまず起きに出ると亀を探す、そして亀の姿を見つけると何となく守られている気持ちになり、ほっとするのだ。

ランチタイムにはカヌーパドラー3名登場。一番左のケニーはパタゴニアオーシャンにつとめながらカヌーとスタンドアップパドルのレースシーンで活躍。カヌーは日本のトップ(だったと思う)し,スタンドアップもやりはじめたばかりなのにそれまで敵無しだったトモとせいあってるトップクラス。パドル力が半端ないし,海の読み方などもわかっているからこれからどんどん上達していくだろう。パタゴニアのストアでの仕事も今年は結構減らしトレーニングとか活動を重視しているようだ。明後日モロカイからオアフまでのカヌーレースをソロで出る。頑張ってほしいところ。真ん中のひデサント右の制約んもパドラーで先週行われたリレー(二人で交代交代で漕ぐ)のモロカイからオアフのレースに出場。いつも3人は葉山で一緒にトレーニングしているらしい。
大会前なので今日は完全オフだというので風がなくて暑いので涼みがてらせっかくだからマウイのパワースポットで汚れを落としお参りしたらどうかという誘いに乗ってくれ、皆でイワオ渓谷へ。
 でも正解だったかも、今日ほど暑い日もそうないし、清流の流れが心地よく、皆それぞれ水に浸かりながら色々おしゃべり。
ケニー君は冬中寒い中しっかりトレーニングし続けただけの自信と潔さがオーラに出ている。やるだけの事をやれば必ず何かしらの結果に繫がる、それを頭でも経験からも理解している人がもつ強さを感じた。
情熱と目標のために努力を惜しまない姿勢にふれるのはいつでも自分に刺激を与えてくれる。これからも皆さん頑張ってください。
彼らを見ていると、私も自分なりの範囲で(若い人に対抗するというのではなく)ちゃんと目標に向かって努力を続けていかなくてはいけないし,それだけやっていると自信を持って言えない自分にぶつかる。やっと体が良くなり始めたのでそろそろもう少しやる気と努力もプッシュしていかなくちゃ、かな。

2014-05-22

5月22日 Get Wet every single day

波もなく、風もない、それにしてもこの時期のマウイはとにかく毎日トレードウインドが強く吹き続けるのに、12日にマウイに戻ってきてからトレードなんてほとんど吹いてない。なんだかちょっと怖いくらい。今日もノースサイドが朝グラッシー、午後からは御社が吹いてくるけどこんなにこの時期に風が吹かないのは今まで覚えがない。

朝海にいってしまうと午後どうしても疲れて仕事に気持ちが入らないので、まずは仕事をしてから漕ぎにいこうと思って午後出発。どうせ波ないから家からすぐのカナハも風ないからそっちで漕い打法が時間とガソリンが無駄にならないかな、と思いながらももしかしたら波が良くなってるかも、となんの根拠もない期待を胸にサウスサイドに向かったが、残念ながらやはり波はなく、その上風はノース側よりずっと吹いていておんしょあでぐしゃぐしゃ。ああ、これなら家から近いトコで出れば良かったと、あまり出る気もなくなるようなコンディションだったけど、この間京都出身のビッグウエイブサーファー青山さんにお話をお聞きした時に心に残った言葉を思い出した。

彼は今四国に住んでいるのだけれど、一昨年胃がんと診断され、手術をしたにも関わらず、必ず毎日2ラウンド海に入っていると言う。波がなくてもコンディションが良くなくても入る。コンディションに合わせてスタンドアップで入ったりショートで入ったりと色々だけれどとにかくオンショアでも何でも入るらしい。どんなコンディションでも入る事で体作りが出来るからと言っていたけど、確かに私もはじめの頃はそうだった。いいとき、楽しい時だけやっていても上手くはならない。どんな時でも乗る事でいいときさらに上手く乗れるようになる。まして今私は腰が完治していないのでいい時でも長くは乗れない。短時間しか乗れないのだし、まずは体の筋肉や体力を取り戻すためには波の質なんて関係ないはず。とにかくあんなにすごい青山さんのような人でさえちゃんと地道に海と向き合って生活しているのに、私はまだまだだな、と話を聞きながら気がつかないうちに海に対して贅沢になっていた自分に気がついた。マウイに帰ったらたくさんは乗れないからせめて出来る限りどんなに悪いコンディションでもちょっとは乗ろう、そう決めたのだ。

だからとりあえず出る。それが小さい板でこのオンショアのコンディションは結構難しい、ころころ落ちたり、テイクオフもどれが涙かわからないような中ピンポイントで行かなくてはダメ。その上風で流されてしまう。全然良くないコンディションだったけどいろいろ課題があって、そういう目で見たら結構楽しくなってきた。
今乗ってる7’4はそういう意味でもチャレンジングで楽しい、だって真っすぐ漕ぐのでさえバランスが上手く保てないからスピードを落としてしまう、ごまかせないから漕ぎ方を一からじっくり直していかないとならない。
まだまだ昔のようにパワフルに漕げないけれど、まずは海に続けて入れるようになった事だけでも嬉しいし、大きな前進。だから焦らず地道に、そして毎日ほんのすこし海に入るよう心がけようと思う。

2014-05-21

5月21日 Surf session with Mana


波はないけどキヘイの海へ。普段コーブはごちゃごちゃ人がいるのであまり行かないのだが、マナ達やかなちゃん達が行くというので今日はカメラマンとして参上。自分で波に乗ろうと思うとフラストレーションたまる場所だけど、写真撮るにはいろんな人がドドーと乗ってくるのでとりやすい笑。マナちゃんを探すと、いたいた!
全然怖がっていない。
(hiroさん孫を見るような目ではしゃいでるマナを見守るの図)
ボードから海に飛び込んで一人でふわふわ泳いでる。浮き袋のおかげで一人で浮いていられるのでくるくる回ったり楽しそう、皆のボードまで泳いで近づいていってる。こんな顔して近づいて来られたら、誰だってめろめろだ。
両親ともサーフィン。皆の回りをうろうろ泳ぎ回ってたら波が来てみんな乗っていってしまい、一瞬マナは、アー私だけ取り残された、って言うような顔をしていた。それにしてもまだ2歳になっていないのに、この落ち着きぶりはすごい、さすがオータムの娘。
波に乗っても全く怖がらず。
もっと撮りたかったけれど混んでてあまり乗れないままモデルさんお腹がすいてきてしまった。
これ、マナちゃんヘッドはいくらいはあるんじゃないかな?
今日は戦争で怪我して半身不随になった人を誘って海で楽しんでもらおうという活動をしているグループも来ていた。そういう団体は結構あるけど彼らはごくごく小さいグループで個人的にやってるらしい。この人は飼い犬も一緒に。こんな素敵な女性にサポートされたら楽しさ倍増のはず。
マナのお父さんゆうじ君も
1週間メインランドから来ていたオータムのお母さんの滞在も今日でおしまい。それにしても3人顔も性格もそっくり、素敵な三世代。

その後エステティシャンになる勉強をしているユウキちゃんの練習台としてフェイシャルを受けさせてもらった。友子さんくらいほったらかしで日焼けしてる人は1週間に一回くらい続けて通えばずいぶん良くなるよ、と言ってくれたけど、この値段だったら一週間に一回くらい行けるから通ってみようかな。
肌が良くなったかどうかはわからないけど彼女はマッサージセラピストでもあり、顔や腕のマッサージがあまりに気持ち良く、贅沢なひとときを味わせてもらった。

たまった原稿、そしてさらに追い討ちをかけるように至急の仕事も入ってきた。腰を直す事も、海に入る事もやりながら、仕事もがんばっていかないと!

2014-05-20

5月20日 Eve with my Maui Ohana

ここ数日たくさんの原稿に追われてコンピューターに向かっている時間が多い。その上この時期には毎日強い風が吹いているのが普通なのに、全然風が吹いていない。
今日は朝風が吹きそうだったので久しぶりにカイトが出来ると思って待機していたのだが、結局吹かずじまい。3月くらいからずっと雨が降ったりほんとに天気が変だけど平気かしら?

 夕方はキヘイへ。オータムの家でマウイを訪れているオータムのお母さんが御飯を作ってくれるというので皆で集まった。ゆうじ君は仕事、オータムはGMOに反対するための署名を集めるのが今日が最後の日なので7時頃まで集め続けているらしい。
私とかなちゃんとhiroさん、そしてオータムのお母さんとマナちゃんでリラックスタイム。
マナちゃんはオータムそっくりでどこに行っても皆に愛想ふりまいて友達になってしまう、でもお母さんも一緒、いろんな事でマナちゃんがオータムににてる、オータムがお母さんににてる事に微笑ましくなる。それにしてもマナの成長の早さにはびっくりさせられる、一生懸命話しかけてくるけど何となく大体意味が分かるし、体のパーツは日本語で言うと全部わかって『お耳、お鼻、お目目』とちゃんと指で示す。英語でも試してみたら英語できいてもすべてわかっていてびっくり。マナ、2歳にしてバイリンガル!

夜外にいて星が少しずつ出てくるのを見ながら気のおけない仲間と話をしていると、ああ、こういう時間ってありがたいなあと思う。
お母さんは明日またメインランドに戻るんだけど、マナとはなれるの寂しいだろうなあ、今が一番可愛い時期、彼女を見てると、うちの悠ちゃんもこんなになるのかなあ、こんな可愛かったら鎌倉はなれられなくなるなあ、なんて考えてしまう。


2014-05-19

5月19日 Just get wet

ここのところ腰の調子が悪くない。痛くないわけではないけれど、ズキーンと突然くる痛みを数日感じてない、まあ無理をしていないというのもあるけれど、いろんな地道なリハビリが少しずつ聞いてきたような気もするし、とにかく今は一度に長い時間海に入らず毎日ほんのちょっと、物足りないくらいだけ入りながら少しずつ筋力を戻していくのがいいみたい。
そんなわけで波がないのも多いに結構、コンディション悪いのも歓迎、だっていいコンディションだとついつい長く乗っていたくなってしまうから。
 (ケリー・ポッツ、6月にあるマウイフィルムフェスティバルでは彼女やペイジ、アシュレータリアなどのプロジェクトをドキュメントした映画が発表される)
今日もサウザンピークスに行ってみたけどさすがにかなり波は小さくなっていた。でも水に浸かるだけでもつかろうと用意をしていたらマウイで最もスタイリッシュなサーファーの一人ケリーがいて、カメラマンのダレルもいた。プラナの水着の撮影を仕様としていたらしいのだが、コンディションがいまいちなので迷ってるみたい。でも私に言わせればどんなに波が小さくてもケリーはその中で上手に楽しそうに乗ってしまうからいい写真が撮れるはず。私もケリーの写真を撮ろうと自分のカメラを持ってパドルアウト。
マウイでは良く知られているパット福田も登場。彼もプロとして世界的に有名ではないかもしれないけどその謙虚でナイスな人柄とロングボードでのスタイリッシュでありながらビッグウエイブもがんがん行けちゃう実力派として誰もが認めるサーファー。みんな波がなくてもニコニコで出て行く、こういう雰囲気が私も好きだな。
とはいえかなり波はしょぼく、水に浸かった事で満足したのか、一時間ほどで上がっていった。

私も満足。

2014-05-18

5月18日 Power of Passion

(Good luck Hokulea, a hui hou)

日曜の今日は波があっても混んでいるだろうと読み、午後みんなが買える頃にひと乗り仕様と午前中は仕事をしていたが、午後もまだまだ混んでいた。それでもせっかく来たのだからひと乗り仕様と、ウエットを来て板を出そうとしたら、パドルを家においてきた事に気がついた。パドルの長さを測ってそのまま家においてきてしまったのだ。結局ガソリンも時間も無駄にして帰宅。
マウイのカナハビーチから一番近いところにあるサーフショップ(ウインドサーフィンショップと言った方が正しいかな)のオーナー、バートは知る人ぞ知るかなりの実力者。もともとはウインドサーファーだけれど、スタンドアップもかなり昔からやっていて、もう5、6年前だと思うけど一人でマウイ島の回りを一周した。その時にも、まあ一人で物好きだし何かあったらどうするんだろうなんて思ったけど、翌年にハワイ島からカウアイ島まで一人きりでサポート無しでやるというのを聞いて、びっくりした。結局それも達成させて、まあ、スポンサーがつくわけでもなく、ほんとにそういう挑戦が心から好きな物好きな人だ、とちょっぴり変わり者が好きな私は気になっていた。


実はレースでも結構早く、ダウンウインドも早いけど漕ぎがすごい。お店で働いているので時間はあまり自由にはならないけれどお店を開ける前に必ず漕いでいたり、夕方からマリコランをしたりしてトレーニングに励み、ウインドでもウエイブを攻め、ジョーズにも入っている。


そんな彼はハワイ諸島横断の次にヨーロッパでイギリスから自分の祖国オランダまで漕ぎ、翌年はグリーンランドの長距離に挑戦した。残念ながらグリーンランドは例年にない流氷の多さに危険だったため中止になったけれど、そうやって毎年何かしら目標を決めて挑戦している。今年はタヒチ島からボラボラ島を目指し、昨日無事辿り着いたようだ。
最初のうちは変人扱いされ、無謀だと言われていても本気でやりたい事を続けていくうちに回りが彼を認めざるを得なくなってきた。今では多くの冒険者に勇気やインスピレーションを与える存在になっている。見かけは普通のおじさん風でいいお父さんなのだが、(日本のトップパドラー、トモが初めてマウイのレースに出るために来た時、彼が一緒に漕ごうと誘ってくれ、「一緒に漕ぐ人がいるのはいいけどこのおじさんそんなに早くないだろうから、待っててあげないとな」と思っていたら同じボードなのに全く追いつけずにびっくりして落ち込んでかえってきた事があった)何気ない風貌のお国は本当に強い意志と熱い思いを秘めている。
若くもない彼が毎年自分が自分のために立てた目標のために頑張ってる彼を見ると情熱さえあればどんな環境においてもやりたい事を達成する事は可能なんだと励まされる。奥さんもいつも心配だろうにサポートして応援しているのはすごいなと思う、ま、こういう人はやめろと言っても聞かないだろうけど。
彼が無事に5日間に及ぶ長いパドルでの航海を終えてボラボラに到着した事を誇りに思う。さすがだな。

そしてハワイアンのプライドと文化と歴史をのせてホクレア号も碇を上げオアフ島を旅立った。今朝はラハイナに寄港していたらしい。残念、知っていたらスタンドアップパドルで近づいて近くで自分から祝福と祈りも捧げられたのにな。

ホクレアはこれから世界一周の旅に出る。ホクレアについての歴史はそのまま、ハワイアンの文化や誇りの復活の歴史とも言える。第2回の航海でメンバーだったエディーアイカウが途中船が難破したとき助けをよびにいったまま行方不明になった事はハワイに住む人なら誰でも知っている歴史の一ページでもある。

このホクレアに惹かれ、ずっとずっとこのホクレアに乗りたいと思い、その思いの強さにご主人を説得して本土からハワイに引っ越してしまったほどの日本人の友人がいた。
ハワイに引っ越してきてからもずっとホクレアプロジェクトに関わり(船に乗るクルーになるのはとても大変な事でまして日本人ならなおさら)いろんな活動を続けてきた。そんな彼女が今回ホクレアとともに航海するもう一つのカヌーに乗る二人の日本人のうちの一人として参加している事がわかった。記事に出ているもう一人の女性は有名なカヌーイスト内田正洋さんのお嬢さん。
私の知っているタミーは沖縄本島のカイトボーダー、石垣島で開催したガールズカイトキャンプに参加したとってもおとなしい、言葉少ないうちなんちゅうらしい女の子だった。わいわいやってる中楽しそうにしてるけど自分から騒ぐ方ではなかった。でもとても海が好きで海の事は何でも好きなのだとそこだけは強行き持ちが伝わってきた。それから何年もたってアメリカ人の旦那さんと結婚し、本土の海のない地方に住んでいたのだが、いつの間にかハワイに移住してて、それが自分がどうしてもホクレアに関わりたいからとご主人がこちらで働けるように頼み込んだと言っていたのだ。それからまた何年もたった。ホエールウオッチングのツアーなどで働きながら子供もしっかり育てつつ大変なホクレアプロジェクトでもしっかり活動していたからこそ今回のクルーの一人として選ばれたのだから彼女の努力は並大抵の事ではなかったに違いない、でもそれだけ強い思いがあればいろんなハードルも時間をかけてひとつひとつ越えていけるんだ。そんな事を彼女の名前がリストに載ってるのを見て実感した、オアフの港を出て行くとき彼女の心の中にはどんな思いがあったのだろう?

そしてそんな彼女を応援してきた家族の心の広さ(子供の事だっていろいろ大変にちがいない、家族のサポートがなかったらこんな事は不可能だ)モスバらしい、きっと彼女の熱意と一生懸命な様子をまのあたりにしていたら応援せずにはいられなくなるのだろうな。

彼女だけでなく、ホクレアのプロジェクト自体がハワイアンの情熱そのものだ、一時はハワイ語を話す事も禁止され、ハワイアンである事は恥ずかしい事を教えられて育った世代が自分たちはこんなにも素晴らしい文化と技術を持って大海原を航海していたのだと誇りを持つ事が出来た、ハワイアンルネッサンスの始まりがこのホクレアのプロジェクトだったように思う。
(沖を通っていくホクレアに向けて旗を振るローカルハワイアン。この写真は何か心の奥にぐっと来る)

どんな事も情熱があれば、そしてその思いを強くもち続け、努力を続ければ不可能な事はない。自分が予想したような結果にならない時もあるかもしれない、でも何かしら素晴らしい結果が生まれ、夢は自分が描いたものであるかどうかは別として必ずかなうと私は信じている。でも思い続ける事、情熱をもち続ける事こそ、一番大変で大事なんだ、それが出来るだけでその人はもう80%夢を叶えている、そう思う。素晴らしい出来事はいつも私にも勇気を与え、そしてもっと頑張れよ、とハッパをかけてくれる。